Episode 3-3


 重い足音と共に魔合マスターネロは内閣へと踏み込んできた。
 ひどくゆっくりした一歩一歩は、獲物をなぶる時の肉食獣を彷彿とさせた。
 その足元では本が哀れにも燃え、灰へと変わっている。
 無礼な闖入者を、フェニックスは赤銅色の瞳で睨みつけた。

 「なぜお前がここに!?」
 「おれさまにも運が回ってきたって事さ」

 少年達の首を持ち帰る姿を想像したネロは口角を持ち上げ、フェニックスに踊りかかった。
 床を踏む足は軽く、その巨大な質量を感じさせぬ機動性を持っている。
 反射的にサイバーアップを行い、フェニックスは突進を受け止めた。
 剣と金属製の拳が擦れ、乾いた音が鳴った。
 
 『言い忘れておりましたが』

 フェニックスに続きサイバーアップを行う面々の上から声が降る。
 何事かと周囲を見回すマスターネロを気にせず、トンガラテスは続けた。

 『もし、この空間が破壊されれば、各々方は時空の歪みに飲み込まれる事になりまする故』
 「はあ!? 聞いてないわよ、そんな話!」

 どことなく、申し訳なさを含んだ声色で告げられる言葉に、全員がどよめきたった。
 外に出て戦えばとも思ったが、入り口側にはマスターネロが陣取っている。無論、黙って通してくれるはずもない。
 どうするべきか四人は視線を見交わした。
 マスターネロにとって、それは自分をないがしろにされているように映った。面白いわけがない。

 「おれさまを、無視するんじゃねえ!」

 ネロは吼えると、口内からエネルギー弾を吐き出した。
 赤黒く燃えるそれは少年達を飲み込むべく容赦なく襲い掛かる。
 
 「魔砕光!」

 フェニックスは前に躍り出ると、理力を高め、光弾を撃ち出した。
 光弾は狙いたがわずエネルギーの塊を撃ち抜き――そのまま勢いあまって、反対側の壁へと着弾した。
 空間が紙のように引き裂かれ、書架がいくつか消滅する。

 「このバカ! お前が壊してどうする!」
 「だ……だって」

 ティキの叱責に困惑を浮かべながら、フェニックスはもごもごと言い訳をしようとした。
 マスターネロの額に青筋が浮かぶ。

 「だからおれさまを無視するなと言ってるだろうが!」
 「あ、アスカっ!」

 次いで放たれた第二射に、フェニックス達は慌てて小さな戦士の後ろに回った。
 アスカのかざした手の前に、光の盾が現れる。亀甲シールドだ。
 衝撃波に押されるアスカの背中を支えながら、フェニックス達は頷き合った。
 こうなったら、理力技は抜きでやるしかない。
 爆煙が晴れ、盾が消える瞬間、三人は同時に飛び立った。
 微妙にタイムラグをつけながら右、左、中央と三者三様の位置からマスターネロに斬りかかる。
 屈強な腕で剣を払いのけながら、ネロは三人の攻撃に必殺の覇気が感じられない事を疑問に思った。
 おかしい。
 彼が魔肖ネロだった頃、あるいはマスターPだった頃。少年達の攻撃はもっと苛烈で容赦のないものだった。
 
 「さては――」

 低音に、フェニックス達は表情を引きつらせる。
 理力技が使えない上に空間を盾に取られては、戦い辛い事この上ない。
 だが、しかし。

 「おれさまを舐めてやがるな!?」

 怒りにセンサーアイを滾らせながらマスターネロが導き出した結論は、見事にずれていた。
 そのまま地面を蹴ると、背中のウイングを使いスピードを上げ、フェニックスの下腹部を狙って拳を放つ。
 フェニックスは紙一重で鉄拳を避けたが、それはフェイントだった。
 マスターネロの予想外のスピードと思考回路についていけなかったのもあり、見事に反対側の拳に頬を捉えられる。
 とっさに後ろに飛んで間合いを外したものの、衝撃は殺しきれず、フェニックスは本棚に叩きつけられた。
 背中を強かにぶつけ、肺から息が押し出される。
 追撃をかけようとしたマスターネロの肩口に、ティキが剣を叩きつけた。
 しかし、ショルダーガードの丸みを利用して剣筋を受け流したネロは、そのまま刀剣を素手で掴んだ。
 みしりみしりと嫌な音を立てる刀身を何とか抜き取ろうとするティキを嘲笑うかのように、ネロは得物ごと少年を壁に叩きつける。
 フェニックスに折り重なって、ティキが呻く。衝撃に、二人の頭上に向って書架から本が落ちてきた。
 余裕たっぷりにエネルギーを充填すると、マスターネロは二人に向って再びエネルギー砲を撃ち出した。
 すかさず、小さな影が二者の間に滑り込む。
 アスカがシールドを張って、フェニックス達を守ったのだ。

 「がきのくせに小細工しやがって……!」

 忌々しげに吐き捨てると、マスターネロはショルダーガードからミサイルを撃ち出した。
 灰色の軌跡を描きながら弾丸は狙いたがわずアスカへと全弾直撃する。

 「このくらいで壊れるほど、柔じゃないぜ!」
 「――アスカっ!」

 より強く理力を高め、盾の硬度を高めるアスカに、マリアが叫んだ。
 だが、警告は少し遅かった。
 ミサイルの吐く爆煙に紛れて、巨大な手が現れる。

 「男のくせにこそこそ隠れてるんじゃねえ!」

 とっさに八蛇ラッシュで応戦しようとしたが、鞭はマスターネロの頬を掠めただけで、アスカは頭をつかまれ持ち上げられた。
 マスターネロの歯がギロチンのように光る。このまま首を噛み千切る気だ。
 思わず目を閉じた瞬間、アスカは体が宙に放り出されるのを感じた。
 マリアが、からくも横からマスターネロの腕を切り落したのだ。
 しかし、マスターネロの目に動揺の色は浮かばない。
 怪訝に思いながらもマリアが第二撃を叩き込もうとする、その背後で力なく床に落ちていた腕が浮かび上がった。
 腕は拳を固め、マリアの背中を強打する。
 完全に死角からの攻撃だ。まともに喰らい、マリアはのけぞって墜落した。

 「おれさまをただの悪魔と侮ってくれるなよ? このくらいじゃ効かねえなあ」

 全身が機械で出来た兵士は残忍な笑いを浮かべると、手元に戻ってきた腕を切断面に押し当てた。
 肩口からケーブルが延び、断面が修復されていくのをフェニックス達はなす術なく見つめた。
 
 「せめて、あいつの注意が引ければ」

 ティキを支えながらフェニックスは立ち上がる。
 その腕を払いながら、ティキが小さく頷いた。

 「おい、ポンコツ野郎!」

 マスターネロの前に躍り出ると、ティキは嘲弄をたっぷり混めて呼びかけた。

 「なんでお前が勝てないか教えてやろうか。頭のネジが一本足りねえからさ」
 「あら、違うわよ」

 トントンと自身の頭部を小突きながら、ティキは皮肉げに笑って見せる。
 そこにマリアが乗っかった。小馬鹿にした風体で肩を竦めて言葉を続ける。

 「自分の汗で錆びてんだって。なんとなく暑苦しいし」

 打てば響くコンビネーションとはこの事であろう。
 テニスのリレーの如く、ぽんぽんと罵詈雑言の応酬が繰り広げられる。
 悪意が理解できずに呆然とするマスターネロに向って、ティキが真顔を作った。

 「前々からの疑問なんだが」

 たっぷりの間を取り、ティキは続ける。

 「なんでお前、そんなに頭悪そうな顔してるんだ?」

 一瞬の間を置いて、マスターネロはティキを睨みつけた。
 もし、彼が機械で出来ていなければ、その顔は真っ赤になっていたに違いなかった。

 「おれさまは――頭脳派だー!」

 マスターネロがエネルギー砲を放とうとした瞬間、背後から飛び掛る影があった。フェニックスだ。
 
 「うおおおおっ!」

 気合の声と共に、フェニックスは十字剣をマスターネロの脳天に叩き込んだ。
 剣の腹は狙い違わずネロの頭を捕らえていた。しかし――苦悶の声を漏らしたのは少年の方だった。
 ネロのヘッドパーツには皹も入っておらず、替わりに思い切り打ち付けた剣を伝い、痛みにも似た痺れがフェニックスの腕を駆け上がる。
 慌てて距離を取ろうとする少年の方へと、ネロの頭部がぐるりと百八十度回転した。

 「だから言っただろう? おれさまは頭脳派だと」

 絡み合った視線の先、マスターネロが豪快な笑みを浮かべた。
 次の瞬間には口から熱光が放たれ、フェニックスは紙のように吹き飛ばされていた。
 かろうじて理力のバリアを周囲に張ったが、衝撃はすさまじく、フェニックスは血を吐き、倒れこむ。
 今度は本棚にぶつかる事はなかった。書架は魔光に空間ごと消されていたからだ。
 がしょん、と音を立ててマスターネロの頭が再び回転する。その口内にはほの暗い光が宿っている。トドメを刺す気だ。
 ティキが、マリアが、攻撃を止めようと斬りかかるも、あと半拍ほど足りなかった。
 二人が距離を詰めきれないうちに、魔光が放たれる。
 
 「兄ちゃん!」

 駆け寄ってきたアスカがシールドを展開する。
 しかし、理力の練りこみが十分ではなかったためだろう。
 次第にネロが放つエネルギーに押され、アスカは後ずさる。
 砲撃を受け続けていた盾から、みし、と軋む音がした。
 
 「アスカぁぁっ!」

 悲鳴を上げるフェニックスの眼前で、シールドに亀裂が入り、アスカは爆炎に飲み込まれた。



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