Episode 2-3


 次第に近くなる地上の風景は、迷路にどこか似ていた。
 林立する山小屋と木々が混然一体となり、細い道筋をいくつも作っている。
 それにしても視界が悪い。地表に近づくにつれ出てきた霧のせいだ。
 しかし、そんな中でも時折、何かが点滅しているのが見て取れる以上、引き返す気にはなれなかった。
 大地に降り立つ少女。
 霧の奥、蝋燭を灯したかのようにぼんやりとした光が灯っている空間が見える。
 芝を踏みながら、少女はロッジの間を抜け、輝きに近づいた。
 しゃがみこみ、草むらを手で分け、光の正体を探す。

 「……! ……これは……!」

 見開かれた目に驚愕が広がる。
 そこにあったのは石版の欠片だった。
 それも、かつては少女が――アイリが持っていた欠片だ。
 
 (どういうこと?)

 共に過ごした時間は僅かだが、彼らは、特にフェニックスは十二分の誠意を自分に見せてくれた。
 だからこそ、アイリは自ら欠片を預けたのだ。
 その彼らが欠片を放置するとは思えない。
 自分が彼らなら、この欠片を探すだろう。案外、近くにいるのかもしれない。
 格好をつけて旅立った身としては、こんなにすぐに再会するのは少し気恥ずかしくもあるが、それ以上に心配が勝った。
 彼らを探すため移動しようとアイリは足を踏み出す。
 ……その矢先、声が聞こえてきた。
 
 「どういうこと、ボアボア」

 女性が詰問口調で何かを言っている。
 聞いたことのない声である。
 なんとなく隠れながら近づき、アイリは山小屋の影からその人物を観察する。
 一人は大人びた目をした少女だ。同性のアイリですら思わず感嘆の声をあげたくなるほど、整った顔立ちをしている。
 二つに逆立てた金髪は、どことなく狐の耳のようだった。
 もう一人は壮年の男だった。鳥のような作りの頭にはきらきらしい冠をつけ、毛皮をまとい、手には扇子。
 いかにもどこかの富豪といった装いだが、この場においては場違いはなはだしい。
 二人に共通するのは、どちらも不思議な波動……天使のものでも悪魔のものでもない……を感じる事だった。

 (ハーフデビル……?)

 アイリが首をかしげている間にも、少女は口を開く。

 「お前の力は、人の心に働きかけて、一時的に欲望に火をつける……それだけのものだったはずよ。
  この黄金宮の街は何。どういうこと。なにをしたの」
 「わ、わしにもわからぬのです」
 「私に隠し事をするの?」
 「隠し事など。ただ、わしが眠っておった数日前より、急に石版に力が満ち始めた」
 「それで、調子に乗って大掛かりな舞台装置を用意したのね」
 「せっかく得た力ですからな。試練にも華は必要でしょう」
 「手間をかけさせないで欲しいわ。一刻も早く彼らに石版をそろえて欲しいのに」
 「しかし、姫様……」
 「姫様じゃない。今の私は『アマゾ』よ」
 「そうでした……。
  ……マリア様が知れば、悲しまれますな」
 「これが、あの子のためなの」

 マリア?
 マリアとはあのマリアだろうか。
 聞き耳を立てていたアイリは、反射的に身を乗り出していた。
 その瞬間、ぱきりと足元で音が響く。小枝を踏んだのだ。
 二人の視線がこちらを向く。仕方なく姿を現すアイリ。
 
 「ほう」

 石版の欠片をお守りのように胸に抱きしめているアイリを見て、ボアボアがくちばしを動かした。

 「また、お嬢さんの手に渡ったのか。わしらはよくよく縁があるようですな」
 「あたしはあなたなんて知らない」
 「そうつれなくなされるな。わしの黄金郷へようこそ。お嬢さんもゆっくり夢を見ていきなされ」
 「……? 黄金……なに? この廃屋の山のことを言ってるの?」
 「!?」

 霧がかかった中、朽ちた山小屋は黄金とは無縁にしか見えなかった。
 眉を寄せて問いかけるアイリに、二人の表情に動揺が浮かぶ。
 特に、ボアボアはくちばしを半開きにして、信じられないものを見る目でこちらを見ていた。

 「あなた……これが見えてないの?」
 「なんの話?」

 アマゾと名乗った女の問いに、アイリは多少苛立った口調で問い返す。
 彼女達の話はさっぱりわからない。

 「……まあ、良いわ。
  お嬢さん、早くその欠片を持つべき人に届けておあげなさい。
  茶番に付き合っている暇は、私にはないの」

 そう言い放つと、アマゾは背中の羽根を羽ばたかせた。羽の色は純白だった。
 
 「それじゃあね、お嬢さん。もう会うこともないと思うけれど」
 「あ! ちょっと!」

 つややかな唇の端を持ち上げて、慇懃な礼をすると、アマゾは霧の中へ消えていった。
 アイリは舌打ちを一つ零す。マリアたちの事をもっと聞きたかったのに。
 それにしても試練とは何のことだろう? もしかして、四人はまずい状況に置かれているのだろうか? 

 「お嬢さん……おぬし、たしか光辿聖と言ったの」

 アマゾがいなくなった後、ぐるぐると思考をめぐらせていたアイリに、ボアボアが問いかけてきた。
 いや、問いかけると言うよりは確信を持った、確認のような声だ。

 「そうよ。それがどうかしたの」
 「光を辿る……そうか……そういうことか……」
 「だからなんなの?さっきから」
 
 自分を置いてけぼりで進む話に、アイリは焦れる。

 「あなた、あたしの何を知っているの」

 強い詰問口調で問いかけるものの、しかし、ボアボアは首を数回横に振っただけだった。

 「今はまだ、語られるべきではありますまい。
  ただもし……あなたがご自身のルーツを求めるならば、御名の通り『光』を追いなされ」
 「……光?」
 「それが何か、あなたは知っていらっしゃるはず。
  ……少し、喋りすぎましたな。わしも失礼いたしますぞ」
  
 宣言すると同時、ボアボアの体が光に変わっていく。
 アイリは慌てて呼びかけようとしたが、わからないことが多すぎて、うまく言葉にならない。
 
 「わ!?」

 光の塊と変わったボアボアは、アイリの持っていた石版に吸い込まれ、消えた。
 衝撃によろめくアイリ。
 しかし、何故だか自分でもわからないが、それが不思議だとは思わなかった。 

 「光……」

 アイリはボアボアの言葉を反芻する。
 光。暖かいもの。まぶしいもの。大切なもの。はかなくて、でも強いもの。
 ふと、フェニックスたちの顔がアイリの頭によぎった。
 
 『手間をかけさせないで欲しいわ。一刻も早く彼らに石版をそろえて欲しいのに』

 アマゾは確かにそう言っていた。
 つまり、石版を揃えられない状況に四人は落ち込んでいるということか?

 (――行かなくちゃ)

 頭の中でまた声がする。
 しかし今、その声はアイリの気持ちと合致していた。



 ――反射的に下がったのが良かったのだろう。
 脇腹の傷は致命的なものではなかった。痛みより動揺の方が大きいくらいだ。
 
 「なにしやがる!」

 剣を携えたフェニックスに向かい、ティキは叫ぶ。

 「今のを避けるんだね……さすが、偽者でもティキはティキだ」
 「偽者……!?」

 間断なく、フェニックスは鋭い突きを繰り出してくる。
 何を言われているのかわからず、鸚鵡返しに言葉を繰り返したティキは、
 フェニックスの瞳が靄がかったように濁っているのに気づいて舌打ちした。

 「お前……はまりやがったな」
 
 おそらく、彼も幻を見せられたのだろう。推測と共に、ティキも剣を呼び出した。
 フェニックスの攻撃は容赦なく、空手でかわせる余裕はなかったのだ。
 
 「目を覚ませ、フェニックス!」
 「黙れ! ぼくは正気だ!」

 怒号と共にフェニックスの体がサイバーテクターに包まれる。
 純白の鎧が場違いなまでに輝いていた。
 ショットビーム十字剣が唸りを上げ、風を切る。

 「わかんねえやつだな!
  そっちがその気なら、こっちも容赦しねえぜ! ぶん殴って目を覚まさせてやる!」

 距離を取りながら、ティキもまた、理力を集中させる。
 しかし……

 (――!?)

 今度こそ、ティキに動揺が走った。
 サイバーアップが出来ない。理力がうまく定着しないのだ。
 肌が浅く裂かれる痛みが、すべては現実なのだと表している。戦士の勘が警鐘を鳴らす。
 しかし、それとは裏腹にティキの心には強い感情が浮かんでいた。
 感情は囁く。あいつは仲間だと。

 (おれは仲間と戦いたくなんかない)

 普段のティキなら握りつぶす弱気な感情だ。
 だが、紛れもなくティキの心の一角であるそれは、今や膨大な質量を持って彼を蝕んでいる。
 サイバーアップは理力と心が伴わなければできない。
 雑念――戦場においては雑念でしかありえない――が、ティキの心を乱し、集中を阻んでいるのだ。
 どうやら、幻にやられていたのはフェニックスだけではなかったらしい。

 「……くそったれ!」

 毒づきながら、ティキは異星剣を握り締めた。



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