Episode 1-4


 かすんだ視界の中でヘリレオンの砲座がこちらを向くのが見えた。
 動かねばと、戦士の本能が激しく警鐘を鳴らす。
 だが、受けたダメージを殺しきれなかった足腰は痛みに悲鳴をあげるばかりで、力が入らない。
 エネルギーを充填した砲座が光るのが、スローモーションのように少女の網膜に焼きつき――

 「――っ!?」

 気がついた時には、アイリの体は突き飛ばされていた。
 ようやく回復した視界の中、反射的に元いた場所……瓦礫の狭間へ目をやる。
 そこに倒れていたのはレッド頭巾王だった。
 胸を押さえた手の間からは、オイルとも血ともつかない液体が流れ続けている。
 攻撃を自分の代わりに受けたのだ、と数瞬かけてアイリはようやく理解した。
 だが、何故だ。老人は子供達と一緒に逃げたはずではなかったのか?
 おじいちゃん、と震える声を漏らす少女に、老人は痛みをこらえながら微笑みかけた。 

 「……わしにはの、この街のすべての子ども達を守る義務があるんじゃ……。
  アイリ……お前も、わしの可愛い孫……じゃて……」

 レッド頭巾王の声は次第にか細いものになり、小さなその体は瓦礫の中に倒れ付す。
 アイリが悲鳴を上げた。 

 「いや、おじいちゃん! いやあっ!」

 ――布が弱っていたのだろうか。
 はいずるようにレッド頭巾王へ近づく少女の懐から、柔らかな輝きに包まれた石が零れ落ちた。



 『石版の欠片!?』

 戦場にあって尚、光を消すことのないその欠片に、フェニックス達は反射的に声をそろえていた。

 「どおりでこの街に入ってから光が安定しすぎてたはずだぜ……!
  あいつが持ってたんだ!」
 「とにかく、石版はあとだ!
  アスカ、アイリたちを頼む! こっちはぼくたちで何とかする!」
 「わ、わかった!」

 呼びかけられたアスカは慌てて地上に降りる。
 これで亀甲シールドはこちらのカードから消えた。
 ますます厳しい戦いになったのは間違いない。

 「おじいちゃん、おじいちゃん!」

 アイリはぼろぼろと涙を零しながらレッド頭巾王にすがり付いている。
 アスカは反射的に地面に落ちていた石版の欠片を拾い上げ、レッド頭巾王の胸に当てた。

 「なにしてんのよ!?」
 「この石には、不思議な力があるんだ……!
  おいらも、傷を癒してもらった事がある。じいさんも、もしかしたら……」

 押し殺したような声色は、アスカの祈るような胸の内を表しているようだった。
 つられるようにアイリもまた、石版へと手を伸ばす。
 上空を見れば、ペシミスティック・ヘリレオンが歪な形でうごめいていた。
 炸裂弾をヘリレオンが打ち出す。フェニックスのサークレットにひびが入る。
 マリアが剣をはじかれ、空中でたたらを踏む。
 ティキの突き立てた雷龍爪が、ショルダーアーマーごと飲み込まれる。
 その光景を瞳に焼き付けていたアスカは、ふとアイリがなにやら呟いているのに気付いた。

 「姉ちゃん?」
 「カソード・ゲート――」
 「え?」
 「行かなくちゃ」
 
 ぶつぶつとした意味不明な呟きに、アスカは困惑してアイリを呼ぶ。
 が、返って来たのは更に意味がわからない返答だった。

 「行くってどこにさ? 無理だよ、もう戦うのは!」
 「――行かなくちゃ」
  
 アスカがよくよくその顔を見つめれば、そこにはまるで魂が抜け落ちたような瞳があった。
 ぶつぶつと呟き続けるアイリの手元で、ピィィィ、と高い音が静かに響き始める。

 「石版が……鳴ってる?」

 それはアスカも何度か聞いたことのある音だった。
 しかし、この光の量はどうだろう?
 アイリの体から色という色が抜け落ちたかのようになる程、まばゆい輝きが溢れていく。
 光は次第に大きさを増し、レッド頭巾王を包み、アスカを包み、上空にまで――



 きっかけは、みしり、という音だった。
 光がペシミスティック・ヘリレオンのコア……第三のサーチアイにひびを入れていく。
 次第に触手が膨れ上がり、フェニックス達がつけた傷からどろりとした液体が流れ始めた。

 「攻撃が効いてる……!?」
 
 悲鳴のように機体を軋ませながら、ペシミスティック・ヘリレオンはもがくように飛ぶ。

 「石版の……力なの……?」
 「たぶんな。だが、今はそれより――フェニックス! マリア!」
 「ああ! 一気に片付けよう!」
 
 フェニックスの剣先に、二人が力強く武器を重ねる。
 理力が具現化し、三人の髪を揺らめかせ、逆立てた。
 鳳凰と、青龍と、白虎。三種の獣が吼える声が聞こえ――
 
 『龍虎聖凰斬!!!』

 さながらビッグバンのような衝撃が空間ごと全てを焼ききる。
 ……熱風が収まったあと、ペシミスティック・ヘリレオンは跡形もなく消滅していた……。



 レッド頭巾王の人生は決して平穏なものではなかった。
 だからだろうか。自分が逝く時は、寝床で逝けると思ってはいなかった。

 (アイリ……チャオ、皆……幸せにのう……)

 混濁している意識の中で老人は祈る。
 もっと後悔するかと思っていたが、意外なほど、レッド頭巾王の心は安らかだった。
 最後に大切な子どもを守れたのだから。分不相応すぎるほどの終わり方だ。
 今から、自分はルーツの輪の中に再び還るのだ。
 レッド頭巾王は深く呼吸を吐き出し……背中がごつごつするのに初めて気づいた。
 もっと、天に昇っていくような心地よさがあるものだと、勝手に思っていたのだが……。

 「――さん!」

 何事かが聞こえ、今度は体が乱暴に揺さぶられた。
 老体のデリケートな節々が悲鳴を上げる。 

 「じいさん! しっかりしてくれよ!」
 「……おひょ?」

 レッド頭巾王が目を開くと、視界いっぱいにアスカの顔が広がっていた。
 振り向き、背中を確認する。痛いはずである。でこぼこした瓦礫の上に横たわっていたのだから。
 
 「わしは……助かったのか?」
 「ピンピンしてるぜ。なんならほっぺ、つねってやろうか?」

 呆然と、傷跡に手をやれば、それは完全にふさがっていた。

 「いったい、何がどうなって……」

 他の少年達は? あの悪夢のような実験機は?
 体を起こし、周囲を見回したレッド頭巾王は、倒れているアイリの姿に顔を青ざめさせた。

 「アイリ!?」
 「姉ちゃんなら大丈夫だよ。理力を使いすぎて気絶してるだけさ」
 「そ、そうか……」
 
 泣きそうな顔で胸をなでおろす老人に、アスカは嬉しそうに笑う。
 アイリの頭を膝に乗せて様子を見ていたマリアが、髪をなでてやりながら戦闘が終わった事を告げた。

 「それにしても、アスカ、凄かったね。石版の力をあそこまで引き出すなんて」
 
 フェニックスがかけた言葉に、アスカは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

 「おいらじゃないよぉ……。アイリ姉ちゃんだよ。
  アイリ姉ちゃんが石版に触れたら、ピカーとなってぶわぁって」
 「んな説明じゃなにもわかんねえよ!」
 「だって本当なんだもん。まるで……」
 「石版の力をコントロールしたみたいだってのか? こいつが?」
 
 訝しげにティキがアスカとアイリを見比べる。
 しばしそうしていたものの、結局、くだらねえ、とアスカの発言を切り捨て、ティキは立ち上がると石版を握り締めているアイリの手元へ近づいた。

 「なんにせよ、こいつがおれたちに関わってくる定めなら、また会うこともあるだろ。
  ……ともかく、これで四つ目だな」
 「ちょ、ちょっと待っとくれ!」

 ティキが行おうとしている事を察したのだろう。
 アイリをカバーする位置に入り、ティキのマントをレッド頭巾王が引っ張る。

 「それはアイリの大切なものなんじゃ! 勝手に持っていったりしないでおくれ!」
 「わかってるだろ、じいさん。おれたちにはこいつが必要なんだ」
 「そうそう。石版の欠片なんて持ってると、悪魔にも狙われちゃうしさ」
 「……。……アイリには記憶がないんじゃ……」
 「え?」

 一瞬、その場の誰もが言葉の意味を理解できず、沈黙した。
 レッド頭巾王は沈痛な視線をアイリに向け、言葉を続ける。

 「数ヶ月前の事じゃ。
  寒空の下、あの子はその石だけを大切そうに抱えて倒れておった。
  意識が戻った後、あの子は光辿聖、とだけ名乗った。……それ以外何も覚えていなかったんじゃ。
  アイリ、というのもわしがつけた名前じゃ。愛と勇理に目覚めてくれるようにの」
 
 レッド頭巾王は地面に這い蹲り、頭を下げた。
 フェニックスが慌てて顔を上げさせようとするが、頑として動かない。 

 「後生じゃから取り上げんでくれ。このとおりじゃ!
  気丈に振舞っておるが、あの子は時折その欠片を見つめて、隠れて泣いておった。
  あの子にとっては、その石が家族や、友人に繋がる唯一の希望の糸なんじゃ!」
 「……残念だが、じいさん。この石版は割れる前はおれが持っていたんだ。
  そいつの知り合いを探す役には立たないと思うぜ」
 「じゃが……じゃが、あの子にとって、その石は心のよりどころなんじゃ……!」
 「悪ぃけど、女一人の感傷に付き合ってるヒマはねえんだ。
  こいつはもらっていく」

 自責の念をごまかすように、わざと乱暴な言い方をしたティキは、石版の欠片へと手を伸ばす。
 が、その腕がフェニックスによって掴まれた。
 
 「おい、どういうつもりだ」
 「彼女が納得しないなら、無理矢理持っていくなんてしちゃいけない。
  この石版はぼくが預かる。……良いね?」
 「…………」
 「ティキ」

 普段は穏やかなフェニックスだが、一度決断したら最後、とんでもなく頑固になるのを仲間達は知っている。
 静かだが強固な意志を込めた呼びかけに、根負けしたティキが舌打ちと共に目をそらした。

 「……ちっ! 勝手にしろ! そのかわり、絶対そいつ説得しろよ!?
  持ち逃げされましたなんてことになったら許さねえからな!」
 「わかってる。酷だけど……石版は絶対に渡してもらわなきゃいけないからね」

 拾い上げた石版をポケットにしまい、フェニックスは苦い表情を浮かべた。

 「とりあえずさ、話がまとまったんなら移動しない?」
 「アスカの言うとおりね。ここじゃ、目立ちすぎるわ」
 「……気絶した奴をそう遠くまで運べねえだろ。
  フェニックス、お前は隠れ家に戻れ。
  おれたちはじいさんを送りがてら、ガキどもの様子を見てくる。
  ヘリレオンに追撃がかからないとも知れねえからな」
 「わかった。……ありがとう、ティキ。
  おじいさん、また聖樹キングダムで会いましょう」
 「ああ、またの。
  その……難しいとは思うが、出来る限り、傷つけんでやっとくれ」
 「はい」

 ようやく頭を上げたレッド頭巾王の懇願に、フェニックスは力強く頷いた。
 三人がレッド頭巾王と路地の中に消えるのを見届けてから、
 フェニックスもまた、アイリを抱き上げ、戦場跡から踵を返した……。


 
 気がつけば、目の前には見覚えのある天井があった。
 
 「え? なに……?」

 頭がぼんやりする。寝ぼけた口調で呟けば、全部夢だった気がしてきた。
 それにしてもこの脱力感はどうだろう。全身に重りをつけているみたいだ。
 うう、と唸ってアイリは寝返りを打った。
 
 「気がついた?」

 横合いから声をかけられ、アイリは反射的に飛び起きた。
 毛布を握り締めてベッドのスミまで後退する。
 ちょうど、椅子の上に腰掛けたフェニックスと向かい合う形になり、アイリは軽く相手を睨む。
 
 「お、女の子の寝顔を覗くなんて、マナー違反よ!? やっぱり痴漢天使だわ、あんた!」
 「ええ!? ぼ、ぼくはきみが目を覚ますまで付き添っていただけで……
  っていうか、いい加減痴漢よばわりは止めてくれよ!?」
 「……目を覚ますまで……? あたし、寝てたの?
  ――! おじいちゃん、おじいちゃんは!?」
 
 痴漢天使への抗議はさらっとスルーして、アイリは疑問をぶつける。
 最後に彼女の記憶にあるヴィジョンは、レッド頭巾王が倒れふしたものだった。
 一瞬文句を言ってやろうかとも思ったフェニックスだったが、老人を本気で心配するその姿に、安心させようと温和な笑顔を浮かべる。

 「おじいさんなら大丈夫だよ。
  今頃、子どもたちと聖樹キングダムに向かっているはずさ」
 「よ、よかったぁ……!」
 
 へなへなと脱力してアイリは笑う。
 水差しからコップに水を注いでやりつつ、フェニックスは彼女が気絶した後の簡単な事情説明をした。

 「……そんな事になってたんだ」
 「覚えてないの?」
 「全然」
 
 石版に触れたところから完全に意識が飛んだのだと言って、アイリは水を飲み干した。
 水はぬるかったが生き返る心地だった。

 「そうだ。はい、これ」

 フェニックスはポケットから石版の欠片を取り出し、アイリに差し出す。
 
 「……! あたしの!」

 懐を探った後、ひったくるように受け取って、ぎゅっと胸元に欠片を抱くアイリの姿をフェニックスは何とも言えない表情で見つめた。

 「本当に大切なんだね……」
 「何よ、悪い?」
 「悪くはないよ。ただ……あのさ。その石版の事なんだけどさ……」
 「……?」

 言い辛い。言い辛いが、ここで黙っていても何も解決しない。
 何度も言いよどみながら、フェニックスは石版が割れたのは数ヶ月前だという事、それまではティキが持っていた事を話した。

 「だから……きみの探してる家族や、友人には繋がらないと思う……」
 「……そうなんだ……」

 反発されるかと思っていたが、返ってきた言葉は意外と静かだった。
 が、フェニックスは少女を見てぎょっとした。泣いている。
 声を漏らさず、涙だけが静かにその頬を伝っていた。

 「手がかり、ホントに、なくなっちゃったんだ……」

 記憶を失うというのはどれほど辛いのだろう。
 フェニックスには想像しかできなかったが、自分が誰なのかわからない事や、大切な人との思い出が消えてしまうのは耐え難い事に思われた。
 
 「でも……でも、きみにはちゃんと仲間がいるじゃないか」

 女の子の泣き顔は苦手だ。
 自分でもチープな励ましだと思ったが、フェニックスはアイリの涙を拭おうと、手を伸ばす。

 「駄目なの」

 フェニックスの手を振り払い、ごしごしと頬をぬぐって、アイリが首を左右に振った。

 「あたしはここには……おじいちゃんたちと一緒にはいられない」
 「そんなことない。きみなら聖樹キングダムでもうまくやれるよ」
 「違うの!」

 自分の言葉の激しさに驚いたかのように、アイリはしばし無言でいたが、額を押さえ、俯き、吐き出すように喋りだした。
 頬が、再び濡れる。

 「声がするの。行かなくちゃって。
  ずっと、ずっと、頭の中に響いてくるの。
  あたしは、行かなくちゃいけない。自分を取り戻したければ……」
 「どこに? 何をしに?」
 「……わからない」

 フェニックスの問いかけに、アイリは弱々しく頭を振る。

 「おかしいよね、こんなの」
 「そんなことないよ」
 「笑わないの? 気のせいだって言わないの?」
 「だって……きみ、泣いてるじゃないか」
 
 再び、フェニックスはアイリの頬に手を伸ばす。
 今度は拒絶はされなかった。

 「ねえ」
  
 たっぷりとした間があった後、フェニックスが言った。

 「良かったら、ぼくたちと一緒に来ないかい?」
 「え?」
 「旅をして、色々な物を見て……そうしたら、記憶も戻るかもしれないだろう?」

 アイリはフェニックスの瞳を見据えた。そこには同情や哀れみは浮かんでいなかった。
 どこまでも真剣で、それでいて、優しくて深い水面のような瞳だ。
 真っ直ぐな視線に耐え切れず、アイリはベッドに寝転がり、腕で自分の目を覆った。

 「……疲れたわ。少し、考えさせて……」
 「それじゃあ、ぼくは隣の部屋にいるから。何かあったら呼んでくれよ」

 そう声をかけて、フェニックスは部屋を出た。
 時間的に、そろそろティキたちも戻ってくるはずだ。
 強引な真似をしようとするかもしれない。  
 今は、少しでも彼女を休ませてあげたかった。 



 「……で、あいつはいつまで寝てるんだ?」
 
 レッド頭巾王たちを送り終え、戻ってきたティキは明らかに焦れていた。
 ティキたちが戻ってきて、すでに数時間が経過している。

 「女の子はデリケートなんだから。そう、カリカリしないの」
 「デリケート? お前らの場合はバリケードの間違いだろ」
 「なにそれ、どういう意味ー!?」
 「もう、兄ちゃんも姉ちゃんもやめなよぉ。
  ……と、あれ?」
 「どうしたんだい、アスカ」
 「今、アイリ姉ちゃんの部屋で物音がした。カタン、って。
  目を覚ましたんじゃないかな?」
 「本当かい?
  ……おーい、アイリ。入っても良いかい?」

 ノックと呼びかけに、返答はない。

 「アイリ?」

 まだ眠っているのだろうか。
 フェニックスはマリアを見る。マリアが頷いて、ドアの前へと立った。
 女同士の強みで、そのまま躊躇なく扉を開ける。

 「……あれ?」
 「なになに? どうしたのさ?」

 マリアの後から、アスカが部屋を覗く。
 部屋の中は無人だった。
 マリアたちに続いて、フェニックスも慌てて部屋に入る。四人入れば、そこはかなり狭い。
 隠れる場所などないだろう。

 「あいつ、やっぱり石版持ち逃げしやがったのか!?」
 「そんな……!」
 「……ねえ、これ」

 いきり立つティキを横、マリアが指差した先を見れば、小さなテーブルの上に一枚の便箋と……石版の欠片が置かれていた。
 差し出された紙面の文字をアスカが読み上げる。

 『私の話を笑わないで聞いてくれてありがとう。
  色々考えたけれど、記憶を取り戻すためには、やっぱり旅に出るのが一番だと思いました。
  石版はあなたに預けておこうと思います。
  誘ってくれて嬉しかった。
  だけど、伝説の戦士達の間に入る勇気は持てないから、私は一人で行きます。
  最後まで勝手でごめんなさい。あなた達に聖フォースの導きがありますように』

 ふと、風が吹き込んできて便箋を揺らした。
 よくよく見れば、窓が開いている。小柄な少女なら、難なく通り抜けられたことだろう。

 「どうした、フェニックス。石版は手に入ったのに、なんでそんな顔してる」
 「え……?」
 
 ティキに指摘され、フェニックスは窓ガラスに映った自分の顔を見た。
 眉が下がり、口はへの字に結ばれている。
 フェニックスは頬を叩き、慌てて表情を作り直した。

 「ごめん、なんでもないよ」

 言葉とは裏腹、気持ちはなんとなくもやもやしたままだ。

 (伝説の戦士達の間に入る勇気は持てない――) 

 手紙のフレーズが頭の中でリフレインする。
 自分達は『特別』なのだと、こんな形で線引きをされるのは初めてだった。

 「ねえ、ティキ」
 「あん?」
 「一緒に戦ってくれる仲間が増えるって、どう思う?」
 「そりゃ、お前。楽になるに決まってんじゃねえか。強ぇ奴ならいつでも歓迎だ。」
 「そう、だよね」
 「ま、おれの目に適う戦士がそうそういるとは思えねえけどな」
 「……相変わらず自信たっぷりだなぁ」
 
 常通り高い自尊心を誇示するティキの言葉に、思わずフェニックスは笑いをこぼした。
 だが、彼の言うとおり、激化する戦いにおいては一人でも多く力を貸してくれる存在は欲しい。
 ――伝説は過去のものだから、伝説なのだ。そして、過去を塗り替えるために未来がある。
 ロココたちが四人でアノドを封印したのなら、自分たちは千人で運命を変えれば良いとフェニックスは思う。
 この戦いは自分達だけのものではない。世界の命運をかけたものなのだ。
 あの子どもたちのように、一人一人が戦ってこそ、未来は切り開けるのだから。
 
 (もし、また会うことがあったら)

 こういう形で特別扱いを受けるのは嫌だと伝えよう。
 伝説の英雄ではなく、一人の友人として接してもらえるよう努力しよう。
 そこまで決めると、気持ちがすっきりした。
 テーブルの上から石版の欠片を取れば、欠片は導きの光を発している。

 「――行こう!」
 
 仲間一人一人の顔を見渡し、フェニックスは力強く呼びかけた。
 空はどんよりと曇っていたが、その声は晴れやかだった。



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