Episode 1-3


 非常用電源が灯り、不意にコントロールルームに明りが戻った。
 次第に回復していくモニターを見た魔ク魔人は、いらだたしげにパネルへ拳を叩きつけた。
 コントロールマップのあちこちには隔壁を示す赤い点が灯り、カメラからの映像は混乱に満ち満ちている。
 
 「なんだこの事態は!?」

 周囲の部下達は怒りが此方に向いてはたまらないと、必死で沈黙を守り続ける。
 クローズアップされたディスプレイの中では、赤い髪の少女とみつ編みの少年が、戦車を玩具のように壊している。
 カメラからの視線に気づいたのだろう。
 赤い髪の少女……マリアが剣を引きながら振り返り、ウインクを飛ばしてきた。
 
 『正義の味方参上!
  アンタたちも命が惜しければ大人しく投降したほうが身のためよ?』
 『……マリア。それは悪役のセリフだぞ、お前』
 『あれ、駄目? キメたつもりだったんだけど』

 魔ク魔人からすれば馬鹿にされているとしか思えない掛け合いを残し、戦車の残骸を足場に壁を壊した二人は、悠々と外空へ舞い上がる。
 基地の外部を映すカメラには、フェニックスと金髪の戦士が映っている。
 合流する気なのは間違いない。

 「ヘリレオンだ! ヘリレオン編隊で囲め!」
 「それが、その……パイロット達が隔壁に隔離されて……」
 「格納庫に詰めていた奴らはどうした!」
 「連絡が取れないんですよう! やられちゃったみたいで……」
 「冗談じゃねえ……! 一矢も報えずにこれだけかき回されたことが上に知れたら……!
  ――おい! 実験棟の電気系統は生きているな!?」

 魔ク魔人の言葉にざわりと動揺が広がる。
 
 「魔ク魔人様! しかし、『あれ』はまだ実験段階で……!」
 「だからどうした?」
 「危険です!」
 「パイロットは俺がやる。文句は言わせねぇ。
  あのガキどもを野放しにしていちゃ、どの道俺は処罰されるんだ!
  ……なにぼさっとしてる! ペシミスティック・コアを起動させろ!」

 その恫喝に逆らえるものはいなかった。
 非常通路を使って一同は実験棟へ我先にと向かう。
 ペシミスティック・コア。この場にいる者でその名を知らない悪魔は居なかった。
 それは、この施設で研究され続けてきた兵器の名だった。



 「それにしてもよ、躊躇なく壁壊して脱出するか?」
 「だって、その方が早いじゃん」
 「だからってなぁ……」
 「――兄ちゃん! 姉ちゃぁん!」

 注目をひきつけるように――事実、彼らは囮だ――ゆっくりと空を飛んでいたマリアとティキは、
 元気の良いかけ声に笑顔で振り向いた。
 サイバーテクターに身を包んだアスカが、風を切り、二人の方へと飛び寄ってくる。

 「戦車、ちゃんとあった?」
 「あったあった! ベコベコに、壊してきたよ。
  アスカも偉かったね。子ども達をまとめて。それで、チャオたちは?」
 「バッチシ! 全員無事脱出して、街の外を目指してるよ」
 「フェニックスも成功したみたいだし……思った以上に楽勝かもな、こりゃ」

 上空を見上げれば、ずいぶんと遠くなったヘリレオンを背景に、フェニックス達が手を振っている。
 三人は速度を上げて一気に距離を縮めた。
 フェニックスとマリアはハイタッチをして、お互いの健闘を称えあう。

 「おつかれさま」
 「そっちもね!」
 「あとは、予定通り基地の外廓へ適当に攻撃して、注意を引き付ければいい。 
  ガキと爺さんの足だからな。時間を稼いで多すぎる事はないだろ」

 ティキが言葉と共に手を振れば、理力の振動と共に異星剣が現れる。
 口の端を皮肉っぽく持ち上げたティキは、剣を振り上げ、理力を高める。

 「派手に行くぜ……海龍雷撃!」

 言葉通り華々しく、雷撃をまとった水流が渦を巻き、外壁の一部を削り取る。
 光が収まった後には、龍の爪痕の如き亀裂が幾筋も外壁に刻まれていた。
 アスカが口笛を吹き、楽しげに拍手を送る。
 負けていられないとばかり、今度はマリアがすかさずティキに並び、雄叫びを上げる。
 魔理力の炎が渦を巻き、爆炎となって炸裂し、防弾仕様であるはずの窓ガラスが幾つも弾け飛んだ。

 「……す、すごい……」

 四人が軽快に施設に傷を入れていくのを、アイリは攻撃も忘れて呆然と見ていた。

 「あなたたち、本当に強かったのね……!?
  これならヘリレオンが丘に到着するより先に、基地自体を潰してしまえるんじゃ……!」
 「そこまでうまくはいかないよ」
 
 フェニックスが十字剣を引きながら答える。
 その瞬間、基地に備え付けられてたのだろう、対空砲座が五人に向かって火を噴いた。
 威力は大したことはない。理力のバリアを張れば、受け流せる程度である。
 射撃は二回、三回と続く。

 「……ええい、うっとおしい!」
 「待った!」

 焦れたマリアが剣風で砲座の一つを破壊する。
 そのまま他の砲座も壊そうと、位置取りを変えようとするマリアの腕をフェニックスが掴んだ。
 何をするのだと抗議をしようとしたマリアの腕を戒めたまま、フェニックスの指がついと一点を指し示す。
 
 「あれを見るんだ!」

 フェニックスが指差した先には、一機の飛空挺が基地から離脱しようとしていた。
 先ほどの攻撃は離陸の間の時間稼ぎだったのだろう。
 
 「なんだ、アレ!?」

 アスカが嫌そうに声をあげる。
 『それ』は、大型のヘリレオン……カメレオンを模した機体に似ていた。
 だが、雰囲気が違うのは額に張り付いている三つ目のセンサーアイのせいだけではない。
 何より異質なのは、その第三の瞳を中心に筋繊維ともコードともつかない何かが伸び、触手のように機体全体を覆っていることだった。
 
 「気持ち悪ぅ……」
 「なんだって、壊しちゃえば一緒だろ!
  ――猛虎爆炎!」

 露骨に引くアスカを横、フェニックスの腕から逃れたマリアは軽口を叩き必殺技を繰り出した。
 真紅の虎の形状で魔理力がほとばしり、今までとは比べ物にならない爆発が起こる。
 装甲の薄い機体なら、一発どころか一気に数機でもしとめられる代物だ。

 「どんなもんよ!」

 爆発の余韻を残して煙幕が静かに引いていく中で、マリアは得意げに胸を張る。
 しかし、その余裕の表情は長くは続かなかった。
 煙がはれた先では、幾重にも伸びた触手が血豆にも似たふくらみを作り、機体の傷を再生していたのだ。 

 「なに……あれ……」

 誰かが呟いた問いかけに、返答の代わりにレーザーが発射された。
 慌てて散開する五人の間を光線はすり抜け、ビルの中へと爪を立てる。
 コンクリートが粘土のように貫かれ、哀れな廃ビルの群れは音を立てて崩れ落ちた。
 どうやら、攻撃用兵器の威力も通常のヘリレオンとは段違いらしい。

 「兄ちゃん」
 「わかってる!」

 アスカの呼びかけに鋭い声でフェニックスが応じる。 
 あそこまで集中したエネルギーの前では、アスカの亀甲シールドでも耐えられるか怪しかった。
 頼みの綱は相手がでかぶつな事だ。
 あれだけの質量を抱えていては、満足に飛ぶことはできないだろう。
 そう見当をつけたフェニックスはコクピットを目指し、硬質の翼をはためかせた。
 だが。

 「えっ!?」

 敵は恐ろしいほどの速度で旋回すると、垂れ下がった無数の触手を少年へ叩きつけてきた。
 十字剣で受ければ腕が悲鳴を上げる。力のかけ方を間違えれば骨が折れてしまいそうだった。
 遠くから見ていた時はコードのようだとも思ったが、太くしなやかな触手はまるで巨大な鞭だ。
 右から左から迫ってくる触手の群れの中を、必死で翼を操りフェニックスは抜け出した。
 かろうじて直撃は免れたものの体勢を崩すのは避けられない。
 気が付けばレーザーの砲座がこちらをとらえている。
  
 「――麒瞬突!」

 フェニックスが身を固くした瞬間、少女の苛烈な掛け声が響いた。
 金髪を雷光の如くたなびかせながら空を駆けたアイリが砲座に長刀を突き立てたのだ。
 刃の切っ先が鈍い衝突音を奏でる。効いていない。
 だが、砲座の角度を変えるのに突進の勢いは十分だったようだ。レーザーは黒髪を焼いて少年の横を通り過ぎた。

 「大丈夫!? フェニックス!」
 「ああ!」

 仲間のもとへ退避しながらフェニックスは短く頷きを返した。
 そう言えば、初めて彼女に名前を呼ばれた気がする。
 何か返すべきかと思ったが、間を与えまいとするかのように触手の間から闇色のつぶてが放たれ、雨あられと彼らを襲った。

 「――アスカ!」
 「あいよ!」

 前に出たアスカがすかさず亀甲シールドを展開する。
 幸いつぶての威力はそれほど高くなかったようで、アスカが掲げた盾にぶつかるはしから弾けて消えていった。
 
 「ったく、いきなりヘマしてんじゃねえよ!」
 「責めてる場合じゃないでしょ! どう攻略するわけ?」

 叱責にすかさずフォローを入れてくれたマリアへ、フェニックスはそっと感謝した。
 ……否、案外彼女の本心からの促しだったのかもしれないが。
 鋭い瞳を更にすがめてヘリレオンを睨みつけていたティキは、少し考えたそぶりの後、巨大な回転翼の付け根を顎で示した。

 「狙うなら、あそこだな。落としちまえばどうにでもなるだろ」
 「メンバーは?」
 「おれとフェニックスで行く。アスカは援護を頼む。
  マリア、お前はあの触手どもをなんとかしろ。アイリはレーザーをこちらに向けさせるな」
  
 ティキの指示に戦士たちはそれぞれに頷きを返し、持ち場へ向かった。
 アイリは巧みにレーザーの射程距離ギリギリを飛び回り、隙あらばコクピットへとビーム砲を叩きこもうと狙っている。
 その様子を目線の端でとらえながらマリアは魔理力を集中させた。
 ポニーテールに結んだ深紅の髪が陽炎のように舞い、理力が虎を模した炎へと変わっていく。
 狙うは、フェニックス達三人の前方。
 
 「猛虎っ――爆炎!」

 雄叫びと共に炎が膨れ上がり、数本の触手が焼き斬れて落ちていく。
 ちょっとフェニックス達も巻き込んだかもしれないが、まあ、そこはアスカが何とかしてくれているはずだ。
 
 「――行くぞ!」

 爆炎の中、アスカのシールドの影から飛び出しざまフェニックスとティキは剣を合わせた。
 理力が増幅され、体中を熱い塊が走り回る。

 『龍凰斬!』

 少年二人の声が重なり、必殺の一撃が回転翼の根元へ放たれた。
 二匹の聖獣を象ったエネルギーは爪を、牙を容赦なくヘリレオンへ突き立てる。
 みし、と機体がきしむ音が戦場に響いた。
 その瞬間、少年少女の誰もが勝利を確信した。
 だが、しかし。

 「……おい……。嘘だろ……?」

 必殺技が荒れ狂ってなお、ヘリレオンは空に居た。
 回転翼の根元には触手たちが集結し破損した部位を修復していっている。
 幾重にも巻き付いて回転翼を掲げる触手の群れは、どこか歪な大樹を連想させた。
 茫然とする少年達を前、ヘリレオンは再び攻撃を開始した。  



 コクピットの中、魔ク魔人は上機嫌だった。
 悪魔軍の幹部を次々と攻略して行った、大天使達相手に互角以上の戦いを挑めているのだ。
 これで機嫌が良くならない方がどうかしている。
 ――ペシミスティック・コア。 
 Drカノンに寄れば、なんでもこれは闇の石版とやらから授かった技術らしい。
 石版というのが何のことなのか、魔ク魔人にはよくわからなかったが、
 この無敵の回復力は感謝に値する恩恵だった。
 
 (ここで結果を出せば、上にも認められる)

 逃げ回りながら攻撃を仕掛けてくる少年達を、限界まで出力を高めたレーザーで狙いながら、
 魔ク魔人は一人ほくそ笑んだ……。



 戦闘は長期化していた。
 しかし、こちらの攻撃は通じず、あちらからの攻撃は確実に理力を削っていく。
 どちらが有利かは簡単に察する事ができた。
 破邪のつぶてが、水流が、炎熱が、光の鞭が、ビーム砲が。
 鳳凰が、青龍が、白虎が、玄武が、麒麟が。
 ヘリレオンを幾度となく襲う。
 しかし、相手の回復力とスタミナは恐るべきもので、少々部位をふっ飛ばしてもあっという間に修復されてしまうのだ。
 今や、全員が肩で息をし、サイバーテクターが霧散しないよう集中するので手一杯だ。

 「畜生……まるっきり手ごたえがねえ!」
 「一斉射撃でもしてみる? 少しは効くかも……」
 「とにかくやるっきゃないんでしょ!? このっ!」
 「駄目だ、アイリ! 前に出すぎ――」

 フェニックスの制止より先に、ヘリレオンの方が動いた。
 尾の部分をしならせ、アイリの体をなぎ払う。
 
 「――っ!」

 ぶつけられた質量に耐え切れず、アイリは瓦礫の山へと叩き落された。
 背中を強打し、肺から息が逆流する。
 理力を使いすぎたのだろう。サイバーアップも解けている。
 ――少女に向かい、ヘリレオンが砲座を向けた。



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