Episode 1-1


 「うわあああ! 兄ちゃん助けてぇ!」

 ――祈りが必ずしも届くとは限らない。
 その言葉を体現したように、四戦士ご一行はいきなりピンチを迎えていた。
 時は、そろそろ本日の移動も終わりにしようかという頃。
 自覚のないまま、気が緩んでいたのだろう。
 突然、木々の隙間から投げつけられた照明弾に全員が不意を突かれ、気がつけばアスカがつかまっていた。

 「くそ! 卑怯だぞ、アスカを放せ!」
 「卑怯でけっこう、悪魔にはこれ以上ない褒め言葉だぜ。
  できの良い勇者様達なら、わかるよなあ? この小僧の命が惜しけりゃ、大人しく捕まるんだな。
  運がよければ一生強制労働くらいですむかもしれねえぜ、ひゃはははは!」

 下卑た笑いを浮かべる悪魔とは対に、フェニックス達の表情は険しいものになっていった。
 相手は悪魔軍の雑兵が三人。
 普段ならものでもないのだが、銃口はしっかりアスカの頭に突きつけられている。
 こちらが動けば、アスカの命はないだろう。
 ――どうする。
 フェニックスが、ティキが、マリアが、アイコンタクトで互いの意思を確認する。
 マリアがまつげを伏せ、ティキが舌打ちを零す。
 答えは、明らかだった。一旦捕まっても、生き延びさえすれば反撃の機会はある。
 だが、死んでしまっては……。

 「わかった。言うとおりに――」

 「――麒瞬突!」

 フェニックスが一歩進み出ようとしたその瞬間だった。
 暗闇が一気に光に塗りつぶされた。
 照明弾の光とは違う……理力の輝きだ。
 サイバーテクターに身を包んだ闖入者が、駿馬のように移動して突きを放ったのだ。
 夜の闇に紛れて色彩は判別できないが、ゆっくりと風にふくらむ金色の髪だけがやけに鮮やかに浮かび上がっている。
 気がつけば、アスカを縛めていた悪魔の胸板を、身の丈ほどもある武器……長刀が貫いていた。
 状況を理解できぬまま、銃口をおろおろとさせている悪魔の二人目を返す刃が切り裂き、逃げ出そうとした三人目は柄で頭を殴打されて昏倒する。
 その所要時間は目を瞬かせる程の間。まさしく瞬殺だった。
 一同が呆然としている中、悪魔の手から解放され、地面にへたり込んでいるアスカをちらりと見ると、武器を収めたその戦士は硬質の羽根を動かした。そのまま飛び立とうとする気だ。

 「――ま、待って!」
 「よせ、フェニックス!」

 ティキの制止も振り切って、地面を蹴る姿へとフェニックスは反射的に追いすがっていた。
 理由は自分でも良くわからない。
 相手の腕を掴み、引き寄せ、何とか押し止めようと揉みあっていると、不意に、腕の中の戦士が高い声で悲鳴を上げた。

 「……え?」

 我に返ってみれば、相手の体はずいぶんと小柄だ。そして、自分が今しっかりと握っているのは……。
 
 「きゃあああっ!」
 「うわわ、ご、ごめん!?」

 再度あげられた悲鳴に、フェニックスは慌てて彼女の膨らみ……胸部から手を放した。
 みるみる内に顔から耳にかけて熱くなっているのが、自分でも分かる。
 距離が開き、はじめて視線が交差した女戦士の、まだ幼さを残した若葉色の瞳は怒りと羞恥に染まり、サークレットから零れ落ちる金髪は今にも雷でも帯びそうに震えていた。

 「ごめん、違うんだ、わざとじゃ」

 なんとか弁解しようとすればするほど舌がもつれる。
 そしてフェニックスが最後までセリフを口にするより先、景気の良い音があたりに響いた。
 少女が平手でフェニックスを打ったのだ。

 「……サイテー」

 軽蔑の眼差しで睨んだ後、もう一発、今度は反対の頬に平手をくれて、少女は木々の隙間へと消えていった。
 呆然と見送るフェニックスの肩を、ティキが呆れたように叩く。

 「なにやってんだよ、お前……」
 「見事なセクハラだったね」
 
 ひりひりする頬を押さえる姿に、マリアが苦笑しつつティキに乗っかる。
 
 「わざとじゃなかったのになぁ……」
 「わざとだったら斬り付けられてたんじゃないの?
  ま、フェニックスは誰かさんと違ってセクハラなんてしないだろうけど」
 「おい、マリア。その誰かさん……ってのは誰のことだ?」
 「自覚ないわけ? 淫乱王子サマ」
 「誰が淫乱だ! 大体、俺がいつ、誰にセクハラしたってんだ!」
 「出会った時。灰色の谷で。アタシにキスしようとしたって」
 「…………。……っ、アスカ! てめぇ!」
 
 やり込められたティキが、99%、情報源のアスカへ八つ当たりを開始する。
 アスカは慌ててフェニックスの背に逃げ隠れる。
 ……と、ここまではいつもの光景なのだが……。

 「あ!」
 
 拳を準備しているティキを指差し、アスカが叫んだ。

 「なんだ? 手加減ならしねえぞ」
 「違うって! 兄ちゃん、石版の袋!」
 「あぁ?」

 言われて、全員がティキの腰に下げられた石版を収めた袋へと注目する。
 いつもは小さな導きの光が、袋から零れるほどに、ずいぶんと大きくなっていた。
 その輝きの意味する所は一つ。石版が、この近くにあるということだ。
 唇を結びなおし、フェニックスは仲間達を見回した。
 どの顔も、疲労を乗り越えた覇気を宿している。

 「行こう!」

 先陣を切って、アスカを抱えたフェニックスが飛び立つ。
 後を追い、ティキとマリアも大地を蹴る。
 が、マリアの足が少しだけ遅れた。
 不審に思ったティキが、どうした、と目で問いかける。

 「んー……。」
 「なんだよ、はっきり言えよ」
 「ごめん、やっぱなんでもないわ」
 「……なんだそりゃ……」 
 「アタシの勘違いかもだし。良いから行きましょ」
 「そういう、歯に物の挟まったような言い方は……」
 「――ティキ! 導きの光はどっちだい!?」
 
 なおも問い詰めようとするティキに、フェニックスから声がかかった。
 そ知らぬ顔でフェニックスに続くマリアの姿に、舌打ちを一つして、ティキは石版を取り出す。
 日も暮れた中。石版の光はまるで小さな太陽のようだった。 



 ――太陽が沈むのを見るのが好きだった。
 金色の光が次第に茜色に燃え、山の端に消えていく。
 その光景は仄かな物悲しさと郷愁を、じんわり彼女の胸に呼び起こす。
 いつか、自分はこの地を旅立つのだろうか。あの夕日に誘われるように。
 それはただの予感と呼ぶには強く、そして優しく少女の胸をせっつく。
 今の自分の居場所はここだ。
 優しく迎えてくれる人。守ってあげたい人たち。まどろみのような時間。 
 しかし、それが永遠に続きはしない事を、自分は知っている気がするのだ。

 ――あたしは、まだここに居たいのに。

 二つの気持ちに板ばさみになる、そんな日は、夕日がよく見えるあの場所に行くのが日課だった。
 ……だが、今日は最悪だった。 
 夕日を満喫したその帰り道。
 彼女にとっての小さな聖域であるあの場所で、ドンパチを繰り広げていたのは、まあ、大目に見るとしよう。
 だが、その後のことは――何度思い返しても許せない!
 傍目にはゴーストタウンにしか見えない灰色の路地を歩きながら、少女は一人、まなじりを吊り上げた。

 「よう。怖い顔してんな」

 不意にかけられた声に、少女は深々とため息をつく。今日は本当に最悪だ。
 
 「……なんの用? あたし、忙しいんだけど」

 足早に歩を進めながらの、愛想の欠片もないトーンなど気にしないかのように、声をかけた男は少女の横へと近づく。
 少女がちらりと一瞥すると、そこにはやはり予想通りの顔があった。
 軍服を着崩した、悪魔兵。
 何度か名乗られたが名前は忘れた。少女にとっては覚える価値もなかったから。

 「相変わらずつれねぇなあ。
  その顔じゃ、どうせ嫌なことでもあったんだろ? 良い店に連れて行ってやるよ。」
 「けっこうよ。忙しいって言ったでしょう」

 つんと顎を持ち上げて、少女は早足に立ち去る。いつもはそれで終わりだった。
 が、今日は違った。悪魔兵は引くどころか、彼女の肩に腕を回してきたのだ。
 振り払おうとする少女の耳元で、男は囁く。 

 「お前らからのみかじめ料……今月遅れてるらしいぜ」
 「……っ。ちゃんと払うわよ」

 さっと、少女の顔に動揺が走った。心なしか青ざめた唇で、それでも、負けん気を見せる。
 そんな彼女の様子に、悪魔兵は更に少女を深く抱き寄せようとしながら、いかにも作り上げた甘ったるい声色で語りかける。

 「そうは言っても、上の気は短けぇからなぁ。お前んとこなんて、ジジイとガキだけだろ?
  心配して言ってやってんだぜぇ? 俺は。」
 「そう。……ありがとう。気持ちはとても嬉しいわ」
 「お高く止まってんじゃねえ!」

 何とか腕から逃れようと身じろぎする少女を、焦れた男は恫喝する。
 身を震わせるかわりに少女はきつい眼差しを向けてきた。
 怯えなど微塵も含まれないその眼差しに苛立ち、悪魔兵は更に少女に詰め寄る。

 「お前んとこのガキどもと、今から『遊びに』行ってやっても良いんだぞ!?」
 「――止めて!」

 とっておきの脅し文句に、今度こそ、少女が顔色をなくした。抵抗がか弱いものになる。
 好機が訪れたとばかりに華奢な腕を引き寄せられ、少女は唇を噛む。
 ここで男を力ずくで沈めるのは簡単だ。だが、そうすれば仲間達に迷惑がかかる。
 一瞬の屈辱と、仲間の無事。天秤にかけることさえ出来ない選択だ。
 俯き、深く息を吐くと、少女は血を吐く思いで口を開く。

 「わかった……。つきあうわよ」
 「ごっ」

 身を切るような決断に、返って来たのは喜びの言葉ではなかった。  
 否、正確には言葉ですらなかった。うめき声だ。
 状況が理解できず少女が目を丸くして顔をあげると、そこには路上に倒れた悪魔兵と、空中から蹴りを入れたポーズで静止している少年天使が居た。
 呆然とする少女の前で、長い黒髪が遅れてふわりと背に落ちる。

 「大丈夫かい!?」

 着地し、手を差し伸べる少年天使の顔を少女はしばらくぼんやりと眺めていたが、差し出された手へおずおずと自分の手を差し伸べ――

 「なんってことしてくれたのよ、あんたはぁ!?」

 そのまま、腕を取り、投げ飛ばした。
 助けた相手にぶん投げられるとは思っていなかったのだろう。
 少年は辛うじて受身を取りながら大地に叩きつけられた。

 「ちょ、ちょっと! そいつはアンタを助けたんだよ!?」

 見れば、路地の中を三人ほどが走ってくる。非難の声をあげたのは赤髪の娘だ。
 少女は本日何度目かの、大きなため息をついて少年から手を放す。  

 「あなた、こいつの仲間!? 
  あのね! あなた達余所者は『人助けしたー』で済むかもしれないけど、
  あたし達、この街に住み続ける者にとっては、この街の悪魔達を、敵に回すことになっちゃったの!
  ……どうするのよ、もう……あ! しかも、よく見たら……あんた、さっきの痴漢天使じゃない!」
 「ち、痴漢天使!? 違うよ、あれは不可抗力で……って、き、きみはさっきの!?」

 腰をさすりながら起き上がってきた少年……フェニックスは、改めて少女を凝視した。
 頭には宝石のはまったカチューシャ。桜色を基調とした衣服は、天地球の民族衣装だ。
 袖に向うほど布幅が広くなっており、切れ目の入った肩口からは磨かれたような白い肌が覗いている。
 腰元は幅広の布地を蝶結びに背中側で止めてあり、スリットの入ったスカート部分からはスパッツに包まれた健康的な脚がラインを隠さず伸びていて、少年をどきりとさせた。
 先ほどの出来事を連想して赤らんだ耳朶を隠すように視線を上げれば、翡翠色の瞳と目がかち合った。
 色味がティキのそれよりも若干柔らかく感じたのは、どんぐり眼と言っても差し支えのない、大粒の双眸のせいだろう。
 サイバーテクターを纏っていないことからかなり印象は違うが、気の強そうな眼差しと長い金髪は見誤りようがない。
 彼女は、確かにさきほどの少女だ。

 「でもお前、さっき悪魔を倒してたじゃねえか。それも、三人も」

 当然といえば当然のティキの問いかけに、少女は苛立たしげに髪をかきあげながら言葉を返す。

 「街の外は無法地帯だから良いの! それに、顔見られてないはずだし……」
 「え、でも今、ぼくも見られてないと思うよ?」
 「あたしがしっかり顔を見られてんでしょうが!」

 どこかピントのずれたフェニックスのコメントに、少女が威嚇に近い勢いで怒鳴る。
 その背中をぽんぽんと叩いてなだめながら、アスカがしたり顔で首を横に振る。天然には言うだけ無駄なのだ。
 
 「……とにかく!
  あたし達はお金払って、媚売って、何とか見逃してもらってたの! なのに……!」
 「わー! 姉ちゃん、落ち着いてって!」

 ふるふると、怒りに身を震わせながら拳を握る少女の姿に、慌ててフェニックスとの斜線の間に入り、アスカは両手を広げる。
 要するに、共存とまではいかなくとも、彼女達はそれなりに折り合いをつけて悪魔と付き合っていたのだろう。
 そこに自分達が喧嘩を売ってしまった形になってしまったのだ。
 フェニックス達と出会う前、日々、天使も悪魔も出し抜いて生きてきたアスカには、少女の不安が手に取るようにわかった。
  
 「……とにかく、そういうことなら心配ないよ! おいらたちが助けてやっからさ!」
 「は?」
 「聞いて驚け! おいら達は今噂の四戦士ご一行様!
  ――って、痛ぇ、何するんだよ、ティキの兄ちゃん!」
 「調子に乗るな。アホ」
     
 グーで殴られ、得意満面に胸を張っていたアスカは唇を尖らせ、ティキへ不満の目を向ける。
 そのやり取りを何度も瞬きをしながら少女は見ていたが、しばらく経って、伺うように疑問を口にした。

 「ホントなの?」
 「ああ。きみが困ってるなら、喜んで力になるよ」

 力強く頷くフェニックスに、少女はどうにも合点がいかない、と言った風情で首を捻った。

 「でも、さっき、あのちびっ子捕まってたじゃない」
 「あ、あれは、不意を突かれて……でも、いつもはそうじゃないから!
  ……そういえば、まだ、助けてもらったお礼を言ってなかったね。
  ありがとう。……それから、ご、ごめん」

 顔を赤くして謝罪の言葉を述べるフェニックスに、胸を触られたことを連想し、少女もまた、頬を朱に染める。
 しばし気まずい沈黙が流れた後、少女がくるりと背を向けた。
 気を悪くさせたかと、慌てて再度謝罪を述べようとするフェニックスより早く、少女が背中越しに口を開く。

 「ついてきて。あたしの一存じゃ決められないから、皆のところに連れて行くわ」
 
 そのまま、返事も聞かずに少女は歩き出した。
 こうなれば否も応もない。四人は慌しくその後ろを追いかけ始める。
 少女の歩みは揺ぎ無く、まるで金色の野生動物のようだった。
 
 「あの!」

 ふとした事に気づき、フェニックスは思いきって声をかけた。
 
 「きみの名前は!?」

 少女は一度振り返り……どこか挑戦的な笑顔と共に名乗りを上げた。
 凱歌を歌うように高らかに。誇らしげに。 

 「アイリ!
  あたしの名前は光辿聖アイリ!」



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